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川のせせらぎを辿って

 〜 男と女の狩猟本能の巻 〜 

黒須雪子 (Yukiko Kurosu) について

アラスカ 山小屋アラスカ、マッキンリーの麓の山小屋に、真冬、たっぷりの雪に埋もれて、滞在したことがある。オーロラを観るためで、もとより釣り目的では なかったのだが、そこは生前の星野道夫さん(アラスカの動物や大自然を撮り続けたカメラマン、カムチャツカでヒグマに襲われ逝去)も利用していた 山小屋で、当時は星野氏がまだ存命で、「日本人ならミチオの知合いか」と、ニコルス夫婦は、今まさに私が座っているソファでくつろぐ彼の写真を見せて くれた。

文字通り、雪に閉ざされた山の中の一軒家で、缶詰を買いに隣の店まで行きたかったら、自家用飛行機を飛ばすしかない。また、外出するには、 必ず猟銃を携行することが州法で課せられている。野生動物に対する護身用である。たそがれて一面の雪景色が青くなってゆく頃、それでも山小屋では まだランプを灯さない。窓の外に、その雪の青さがひととき放つほの明りを楽しむのがご主人は好きだという。手元がほんとに見えなくなって初めて 灯される優しくゆらめくランプの灯り。電気のない世界では、都会の日常に当り前の雑音が存在しない。例えば蛍光灯が発する音、冷蔵庫の音、 パソコンがONになっている音。全ての音が深い雪に吸収される無音の世界。聴覚がなくなったかとも思われるような初めて知る静謐が肌にぴったりと まとわりつく。

食料は、夏の間にカリブーなどの獲物を仕留め、肉を乾燥させたり冷凍したりして来るべき冬に備えるのだが、そんな生活をするニコルス夫妻から、 ハンティングについての面白い話を聞いた。狩りに出る時、ご主人はしばしば奥さんを伴う。奥さんもライフルを操ることができるというから勇ましい。 とはいえ、獲物を仕留めるのはもっぱらご主人の役目で、なのに二人で猟に出るのにはワケがある。

アラスカ イヌゾリの犬ハンティングをするには、当り前だが、まず最初に広大な森林の中で野生動物の居場所を見つけねばならない。それを英語で"Spotting"と言うそうだが、 遠くの森の一部がさわわっと揺れたり、植物でない何かが動くのを見つけて、そこをじっとスコープか何かでSpotすると、それがヤマドリだったり、鹿だったり、クマだったり、するわけだ。ニコルスさんによれば、そのSpottingという作業は、圧倒的に奥さんの能力が優れている、つまり最初に獲物を見つけるのはいつも奥さんなのだそうだ。これには彼も舌を巻いていて、完全に下駄(ってアメリカにもあるのかな?)を預けているらしい。彼女の方も、それは女性特有の第六感とでもいうのか、生命の存在を感じることは、母性と何か関係があるのではないかと言っていた。女性は身体がしなやかだからか、森に分け入るときにもあまり音が立たない。動物は自分たちの同類がきたと思うらしく、生命力の共感なのだろうか、警戒心なくコンタクトできるそうだ。男性が危険に対して身構え、本能的に攻撃的になるのと違うらしい。 気配を感じて、神経を研ぎ澄ますと、清んださえずりが聞こえて、青い宝石のようなカワセミが私の前に姿を現す。川で胸が高鳴る嬉しい瞬間である。

別に鍛えたわけでもないのに、本能的に、カンが働く。実はこれ、釣りを始めて自分が実感している不思議体験で、技術はないのに案外釣れたり、 主人より釣果が上がったりするのが、そのせいではないかと思っている。例によって自分の存在がフィールドに溶け込んでしまった時、何だか、どんより、 いそうな気がするところに、いると信じて投げ込むと、どわ〜んと大物が波打ったりして、いやだ、やっぱりいた〜、とちょっと気味悪い思いをすることが ある。姿を拝む前に切られてしまうことも多いが、やりとりだけでも心臓バクバク。ニコルス奥さんの女性本能説に、なんとなく、でも確信的に 共感している私である。

黒須 雪子




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