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ボーンフィッシングの夢〜オアフ島の夏(前編)

 〜 池上彰 (Akira Ikegami) 〜 

池上彰 (Akira Ikegami)について

ダイヤモンド・ヘッド、ワイキキ、 フラダンス、ウクレレ、リゾート、火山帯、マーリン・フィッシング・トーナメント、青い海、珊瑚礁、イルカ、ウミガメなどといったものが一般に抱かれるハワイの イメージである。ところがここ数年釣り、特にソルトウォーターフライフィッシャーマンにとってかなり注目されている釣りというものがある。 それはボーンフィッシュハンティングである。ソルトフライ・ターゲットとしては人気No.1のこの魚を評して、かのレフティ・クレーは「この地球上で唯一釣って よしとされるなら、それは間違いなくボーンだ」と敬意の眼差しでコメントしている。とりわけハワイのボーンフィッシュは、今までにガイド業が成立している どの地域のそれよりも、はるかにサイズが大きいことで知られるようになってきた。

数年前のある夏、僕はハワイのボーンフィッシュハンティングについての記事を専門誌「フライフィッシャー」で目にしていた。壮大に広がるダーク・グリーンのボトム、青い空。東京でフライショップを経営する稲見一郎氏の腕に抱えられたのは、傍らに写るビリー・ペイトリールがおもちゃのように見えてしまうほどの素晴らしい サイズのボーンフィッシュであった。その時以来、脳内のフィルムに完全に焼き付けられた魚の姿が片時も離れることはなかった。仕事中も休憩時間にはそのページをめくり、休みの日には広島のフライショップに出向き、ボーンフィッシュのことを語った。そうこうしているうちに家族にまでもその話をする始末で、特に相方は 「もうウンザリ」という感じであった。「よし、決めた、行こう。フラットのゴースト(幽霊)に会うために…。」そう心の中で叫んだ。何もしないでダラダラと 後悔するより思い立ったときに走るべきだ。ただ、やはり勤め人である以上、多少たりとも制約は存在する。旅行代金の確保、休暇の申請、家族の説得、タックル準備。 タックルに関しては、「半端なものじゃもたないよ」とある人から聞いていたので、それなりのものを用意することにした。ラインは Scientific Anglers 社の Bonefish Mastery Line、リールは Billy Pate Bonefish Direct Driveを散財して手に入れた。ロッドケースに関しても気を遣った。航空会社の荷物扱いは、僕らが一般に 過信しているほど優しいとはいえないような気がしたので、やはり頑丈なものを。B&Lがいい。最後はロッドである。これに関しては一家言持ちたい。早速、アメリカ南部アラバマ州のあるプロショップBurleson Sporting. Coに連絡してTemple Fork OutfittersのProfessional Series9'00" #8 4pcsのブランクとパーツを取り寄せた。ちなみにラッピング・スレッドはチェストナット(薄茶色)だ。前回のエッセイ「銀座のカスタムロッド〜」の中で紹介させてもらったマッキーさんに影響うけてか、こだわるものに関しては自作するようになった。材料が届いてからはロッドビルディング、フライタイイングと自分の第6感をフルにつかっての作業の日々が続いた。これはもちろん、家族が全員眠りについてから行われた。フライはホノルルに1軒だけのフライショップ、Nervous Water Flyfishersによると、オレンジやタン色のボディを使ったシュリンプ、クラブパターンがベストとのこと。サイズは2番か4番。家族の了解も何とか得て、7月には休暇の申請もした。ロッドを組み、フライを巻き、オアフ島の汐見表とにらめっこ。その合間に日々の雑事をこなしていくと、 あっという間に出発前夜がやってきた。その日親兄弟、何人かの友人に電話しておいた。なぜかって?それはわからない。何かがそうさせたのだ。7月27日早朝、僕は広島空港の国際線ロビーに立っていた。チェックインカウンターで偶然知り合いの女性に会った。「あら、お久しぶりです。気をつけて行って来てくださいね」 清々しい旅の見送りは、喩えようが無く嬉しいものである。

どれくらい眠っただろうか。China Airlineに乗り台湾でのトランジットのあと、朝が早かったことと、気持ちの昂ぶりから開放されたせいか深い眠りにおちていった。 夢などはまったく見ず、ただひたすら眠っていたような気がする。飛行機のアナウンスによると、あと30分ほどでホノルル空港に着陸する、とのことだ。僕はフライト アテンダントに頼んでコーヒーをもらった。もうすぐ到着するせいもあってか、機内の通路をパタパタと人が歩いていく。新聞を要求する中年男、トイレで洗顔をする 女性、はたまた用も無いのにうろつきまわる若者。飛行機のウィンドウシャッターを少し開けてみた。眼下には朝焼けに煙るオアフ島が開けた。機体は降下態勢に入り、 乗客の会話が途絶えた。ホノルルの天気、気温等を知らせるアナウンスがあり、"Have a nice trip!"と同時に機内のライトが一斉に点けられ、ウィンドウシャッターも バシッと開いた。光が一気に入ってきたために、僕は一瞬まばたきをした。タラップを降り税関へと向かう。国際空港というのは、かの同時多発テロ以来、緊張感で ネズミの入り込む隙間も無いくらいピリピリとしている。「英語うまいわね」その税関員はリップサービスとともに僕をバゲージクレームへと見送った。そこで一緒に長旅をしてきたロッドケース、スーツケースをピックアップし、ロビーを抜けて一歩外に出たその瞬間、荷物を持っていた手がひるむような南太平洋の強い日差しが僕を 照りつけた。「始まるな。16年ぶりだ」実は、1990年12月一度ここを訪れている。その時とはまた違うハワイを感じられるという確信があった。ワイキキへ向かう リムジンバスへと向かう。途中日差しが瞼に焼き付いて一瞬クラッとなった。

ユースホステルはワイキキビーチまで歩いて5分という便利な場所にあった。チェックインを済ませ、ビーチへと繰り出した。サーフボード小脇に抱えて歩く サーファー達、ビキニで歩く若い女性、アイスクリームを食べながらベンチで談笑するカップル…。その誰もがみな日常的な何かから逃げ出してここワイキキに来ているのが伺える。僕もそれと同じで手段が釣りというだけのことだった。夕陽をバックにフラダンスのショーがビーチサイドで始まった。少し観て、近くのカフェに 入ってビールとサンドウィッチを注文した。若い白人女性のバーテンダーが質問してきた。「何しに来たの?カンコウ?」「まあね、釣りだよ」彼女は一瞬あっけに とられた様子だった。「ボーンフィッシュというやつだよ」さらにピンと来てないようだった。「必ず釣れるわよ、グッドラック」彼女はそう言ってにこりとした。 部屋に戻りタックルのチェックをした。リールを回し、ロッドをセットしてみた。何も異常は無い。フライボックスを開けてみると、オレンジのレッグやボディを 持ったパターンがC社のフライボックスにぎっしりと詰まっていた。いよいよ明日は釣りだ。シャワーを浴び、テレビをつけ、ベッドに横たわるといつの間にか眠りに 落ちていった。(後編へ続く)



広島県三原市
池上彰




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