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ボーンフィッシングの夢〜オアフ島の夏(後編)
〜 池上彰 (Akira Ikegami) 〜
池上彰 (Akira Ikegami)について
翌朝6時30分、ガイドがホテルの前までやってきた。
「やあ、アキラはじめまして」日本語で丁寧にあいさつしたそのKevinという名のガイドは雑誌やウェブにも時々出てくる人気ガイドだ。
早速ポイントに付くと、彼がリーダー、ティペットをセットしてくれた。その先には自作のハワイアン・マンティス・シュリンプ。浜から一歩一歩ウェーディング、
コーラルボトムの水の中にキャストした。1回、2回…。反応なし。さわやかな朝の陽射しに包まれながらボーン・フィッシングはスタートした。
「今日は波がやけに高いな」ガイドが呟く。たしかに昨日の嵐のなごりか、波が高くそして風も強い。僕がリトリーブし、次のキャストにかかろうとしたとき彼が言った,
「よし、場所を変えよう」。
僕らはその場から去り、車に乗ってさらにオアフ島北のほうへ向かった。途中、サーフィンで有名なノースショアやカイルア・ビーチを通過した。
ガイドは僕を退屈させないよう、指で差しながら色々と説明してくれた。車の窓から吹き込んでくるコナ・ウィンドが心地よかった、そしてポイントに着いた。
そこは湾に切り出した丘のせいでほとんど強風を受けなかった。
僕は全身オレンジ色のクレイジー・チャーリーをループノットで結んだ。
「みろ、アキラ、あそこにいるのがボーンだ。かなりでかいぞ」ガイドにははっきりと見えるらしいが、僕にはさっぱりだ。「イレブン・オクロック。20メートル!」
突然水中で砂煙が上がった。「あー!!」二人同時に叫んでいた。ラインだけが僕の足元に波でたぐり寄せられてきた。気をとりなおしてもう一度トライ、
「ほら、あそこだ。テイルが見える」・・・・・・・・・キャスト、シュルルルルル!シューン、薄青色のフライラインがすべるようにガイドの中心を出て行く。ポトン、フライが着水し
じっと水底を物色している魚の鼻先をひらうちながら抜けていく…。「よし、食え」ぼくは心の中で叫んでいた。
次に来るときは必ず釣ってくれよな」Kevinは人が行きかうホテルの前でそういい残した。「あのう、お願いがあるんだ」ぼくは唐突に切り出した。「何だ?」彼は聞き返した。
僕はリア・トランクのほうに視線をやりながらいった。「君のフライ、少し分けてくれないか。記念に欲しいんだ」だめかもしれないと思いながらも僕は聞いてみると、
あっさりと彼は「いいよ、好きなものを持っていけよ」とこともなげに言った。「じゃあな、また会おう」二人は熱く握手を交わし、ハグして別れた。
僕はかれの車が遠く見えなくなるまで手を振りながら見送っていた。
僕は荷物を部屋まで持って入り、街を歩き出していた。ハワイでも有名なTシャツ屋Crazy Shirtsに入ると、
女性店員が“Hi!”と声をかけてきた。ぼくはチラッと彼女をみて微笑み、店の中を歩いた。結局ノーフィッシュに終わったが、悔しいとか、恨めしいとかそういった気持ちは
まったく無く、むしろ何かをやり遂げた爽快感につつまれていた。全身の力は抜け、とてもリラックスしていた。顔を上げるとショップのウィンドウ越しにレストランのカラフルな
パイプネオンが見えたのでそちらに向かって歩き出した。「今夜はビールとステーキにしよう」。

翌朝、僕はラニカイ・ビーチに立っていた。家と家の間を失礼してたどりつくこのビーチは夏の朝の光を浴びてとても静かだった。向こうから犬を連れて歩く老人がやって来る。
” Have a nice day!” と心の中で呟きながら僕は見送った。今日は釣り道具はおろか、海水パンツも持ってきていない。僅かばかりのお金だけでやってきた。
足だけ水につかりながらビーチを散歩する。さざ波が僕の足跡をさらっていった。「どこから来たのですか?」後ろから声がした。振り返ってみると、そこには日系の老紳士が
立っていた。その人は手に釣竿を持っている、「釣れましたか?」たずねてみると、「いいや、ぜんぜんです」その人は静かに答えた。僕たちはその場で話しこみ、驚いたことにその人の祖父は広島の廿日市の出身で僕の職場のすぐ近くということだ。「ちょっと待っていてください」とその人は家族がいるタープテントから、何かを皿に入れて持ってきた。「これ、食べてください」と差し出された皿には海苔がたっぷりと巻かれた大きなおにぎりと玉子焼き、そしてウィンナーがのっていた。「いいのですか」と僕は少し遠慮がちに言うと、「いっぱいありますからね、どうぞどうぞ」。その人は微笑みながら僕にすすめた。陽射しがだんだん強くなり、汗が背中をつたい始めた。僕はその老人と家族にお礼と別れを告げ、バス停へと足を運んだ。しばらくして僕を乗せたバスはワイキキ方面に動き出した。
時が過ぎ帰国の日がやってきた。朝4時僕は一人空港にいた。まだ時間が早いのでロビーは閉まったままだった。退屈そうに空を見ていると、何やら向こうから一人の中年日系男性が
微笑みながらこちらに歩み寄ってきた。僕の黄色いロッドケースを見ながら、
「釣りにこられたのですか?」と尋ねた。「はい、そうです」僕は少し謙遜しながらていねいに答えた。西の空が明るくなってきた。
その人は「いまね、会社の女性にお願いしてあなたのためにコーヒー入れてもらっていますからね。少しお話しましょう」その人の笑顔は爽やかだった。
広島県三原市
池上彰

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