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私とフライフィッシングの関わり 〜 石村美佐子 (Misako Ishimura) 〜
日頃さまざまな出会いの中で、生きる喜びを感じてきた私は、小さい時から音楽、踊り、絵画、読書、アウトドアーと幅広い物に関心を示した子供でした。日舞では師範として若柳吉市有の名を頂き、アウトドアーでは乗馬と釣が好きでした。音楽では、ある時から特にジャズに興味を持ちました。それは素直さと、大きなエネルギーを感じたからです。その後ひょんな事から、アート・ブレイキーの日本公演を手助けした関係で、マンハッタンへ行く決心をすることになりました。ニューヨークのビレッジに住みながら、5年間まさに身も心も音楽とひとつになって、生演奏を聞く素晴らしい時間を過ごしました。その後いちど日本に帰国したのですが、あたかも浦島太郎のような気分になった私は、再度ニューヨークに戻りそこで自分の生活を築く決心をしました。 1990年マンハッタンの邦銀ニューヨーク支店で、コンピューターに向かう毎日に少し疲れ始めた頃、誕生日にフィッシングクラブの会長の方から、トラウトの本とキャッツキル1泊2日のフライフィッシング旅行のプレゼントを頂いたのです。その会長が全てのタックルを用意して、私達夫婦をガイドして下さいました。餌釣りやルアーフィッシングは以前にも経験がありましたが、フライフィッシングとの出会いはこれが初めてでした。 その翌年の春、この興味深いフライフィッシングについてもっと勉強したくなった私は、マンチェスターのオービス・フライフィッシングスクールに出かけました。スクールの前日、バッテンキルという小川で沢山の鳥達が、1本の大木の周りをまるで交響曲を奏でるように鳴き飛び回っていました。それに聞き惚れながらラインを垂れていると、何と3回目のキャストで始めてのトラウトを釣り上げたのです。
それは、こんな創造物がこの時代にあるのかと思えた位、美しく繊細なブルックトラウトでした。 どのステンドグラスや宝石よりも鮮やな深い赤や青色の小さな斑点が、小さな魚体にちりばめたようにありました。澄み切った川の中に、フライのピアスを口にした小さな魚の映像は、私の心に深く刻まれその後の私の活動の原点となっています。私には尊敬する3人の師匠がいます。1人目は、1951年に並み居る男性を押しのけ、49mのディスタンス・キャスティングで優勝したジョアン・ウルフ。彼女からはキャスティングの手ほどきを受け、今ではFFFのキャスティング・インストラクターとしてキャスティングを教えたり、また彼女のデモストレーションの補佐をして、日米両国で活動しています。 2人目は、キャッツキルフライを巻いているマリー・デティーです。彼女からはフライタイイングを習い、それにより私はCFTGの一員としてタイイングを教えたり、各地でデモストレーションをしています。 そして3人目も女性で、故ジョーン・ストリアーです。彼女とはTGFというクラブで知り合い、彼女からクラブ活動というものを学びました。彼女は、障害者に釣が出来るようなアクセスを作るプロジェクトを始め、小・中学校のクラスでトラウトの卵を育て、稚魚を川へ放流することによって水の環境保全を学ぶプログラムを奨励した人です。現在私は、そのTGFの役員をやったりしながら、コンサベーションコミティーで活動しています。 『美しい自然を守りながら、その中で魚を釣る』、私はそんな素晴らしいフライフィッシングを世界中のいろいろな人々に紹介し、老若男女を含めた釣り人達互いの交流を深め、橋渡しをして行きたいと願っています。 現在所属する団体や活動 石村 美佐子 最新のコラム: 私とフライフィッシングの関わり 〜 石村美佐子 (Misako Ishimura) 〜 過去のコラム: 初めての『フライフィッシングフェスタ』 〜 岩崎美代子 (Miyoko Iwasaki) 〜 私の初めての『フライフィッシング』 〜 武田和美 (Kazumi Takeda) 〜 |
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